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道と道、人と人、出会いがうまれるまち。 下諏訪町をあらわすフレーズは、こんな風でもステキだと思う

長野県下諏訪町は江戸地代に整備された「五街道※」のうちの二つ「中山道」と「甲州街道」が接続する交通の要所で、「下諏訪宿(しもすわじゅく)」と呼ばれる古くからの宿場町でした。
街道の中でも唯一温泉を持つ宿場町かつ至近に諏訪大社下社秋宮があり今も昔も多くの人が行き交うまちです。
商店街のめざましい活動や諏訪地域初めてのゲストハウス開業などで若い人の姿も増え、そこで出会った人どうしの“化学反応”でまた新しい活動が始まるなど…と話題に事欠かないまちでもあります。

会場となる本陣岩波家は参勤交代の大名が宿泊したほか、文久元年(1861)には14代将軍家茂に降嫁する和宮一行が宿泊し、明治13年(1880)には明治天皇巡幸の際の行在所となりました。
「すわ まちの教室」記念すべき第一回の最初の授業は、中山道随一の庭園を見渡せる最奥座敷という素晴らしいロケーションの中でスタートです。

今回の授業は、この本陣岩波家の当主・岩波尚宏氏と下諏訪唯一の酒蔵菱友醸造の会長近藤泰二郎氏を講師にお招きして、本陣岩波家の建物を例にこの地が歩んできた歴史や関わる人の思いと共にどう未来へ伝えていくのかみんなで考える授業です。

岩波氏は約500年続く岩波家の28代当主。
先祖代々、本陣岩波家に居住しながらその歴史と建物を守り続けておられます。
同時に諏訪市にある「SUWAガラスの里」の代表取締役社長も務め、「SUWAプレミアム」ショップを同館内に設置、魅力ある地域資源の発掘と発信を担う観光複合施設を目指してご活躍中です。

近藤氏は東京生まれ。
かつては舞台監督・番組制作をめざすも広告代理店などの職歴を重ねられ、30才で酒類業に転身、36才で日本酒「横笛」醸造元伊東酒造㈱社長に就任。2002年に同社を退職後、菱友醸造㈱の再生のために日本酒「御湖鶴」醸造元 菱友醸造㈱会長に、3か月ほど前には本陣岩波家の顧問にも就任されました。

お二人は親子ほどの年齢差がありますが、下諏訪の歴史ある街並みや伝統を残したいという情熱をお互い共有されている間柄です。
本陣の「これから」をめぐるセッションは最初から熱を伴ってスタートしました。

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「私は本陣を守るために生まれてきた男です」

岩波さんは、このフレーズを何回もお使いになりました。
岩波さんが守る本陣岩波家は2000坪の敷地に建物が300坪。
通常の本陣の約2倍の広さであること、本陣にもかかわらず庭園を持つこと、また代々の当主が今も住み続けているという点においても全国で稀な存在です。
毎朝岩波さんのお母さまが早朝から掃き掃除をして9:00に開門、17:00に閉門されていて、特に事情のない限りは年間を通して開館しています。
“住み続ける”ということについて岩波さんは「古い日本家屋なので夏は快適ですが冬は屋外より寒い日もあります。現代風のサッシを入れてしまえばそれは解決できることなのですが、あえてそういうことはせず本来のままの建物で生活しています」「庭の手入れは植木屋さんにお願いしていますが、できることは自分たちでもやっています。特に苔の部分は機械が入れられないので、枯葉などのゴミは手で拾っていく。1時間で畳一枚程度分掃除できるくらいです」など、暮らしの中でのご苦労も語ってくださいました。
さらに、本陣の門を開け始めて(一般公開し始めて)10年くらい経過され、年間約1万人が来館される中、「お母さまの話を聞きたい、お顔を見たい」と繰り返し訪問してくださる方がいらっしゃることをとてもうれしく思っていること、台湾からのお客様が「京都に行かなくてもこんなに素晴らしいところがあった」と喜んでくれたことなどを交えながら「こういう守り方だけでなく、いろんなアイデアを取り入れて本陣を守っていきたい。苦労話が楽しくなるようにしたい」と、本陣の未来について笑顔でお話しくださいました。

近藤さんのお話は、「初めて諏訪に来た時に本陣を見て“素晴らしい建物があった”と思ったがいつも門が閉まっていてあたたかさをかんじなかった。」というどきりとする言葉から始まりました。
本陣を「“歴史と文化のかおるまち下諏訪”にふさわしい」と評価され、諏訪大社秋宮に近いという好立地を100%活かして、諏訪大社の参拝者が本陣に寄るように、そして本陣に来た人を“本陣ファン”にしてお帰りいただく仕組みを構築することが大切と繰り返しお話されました。それには「本陣でなければ体験できないことを」と提案され、「本陣でなければ味わえないものを提供する」「本陣の離れの活用をする」などの例や、岩波家にゆかりのあるスポットである本陣〜片倉館〜SUWAガラスの里をつなぎ、点を面にする仕組みとして、大人も子供も家族で楽しめる仕掛けを作っていくことについても提案されました。

長い年月を綿々と受け継がれてきている伝統文化であったとしても、人のライフスタイルの変化、経済状況や環境の移り変わりの中で消えて行ってしまう事例はこの下諏訪に限らず日本全国、世界中でも見受けられます。
古くからの伝統を後世に伝えていくという立場にいらっしゃるお二人のやり取りをおうかがいして、本陣を建物や庭園だけでなく歴史的価値ごと後世に伝えていくためには、単に従来の保存や利用の方法に囚われるだけではなく、その時々のニーズに合わせて変化していく必要性を強く感じました。
残すべきことは何なのか、変えないところはどこなのか、柔軟に対応できる部分はあるのかといった価値を見極めていく重要性と共に、伝統を守るための資金源や保存技術の継承者不足などとの現実のすり合わせも極めて大きな課題であることも示されました。
今回の授業をきっかけに「本陣があることを初めて知った」という方、そして内部には年月を映す素晴らしい日本庭園と洗練された京風数寄屋造りの屋敷があることを初めて知った方が多くいた方も見逃せないことでした。
今回の授業を本陣岩波家で開催したことは、お二人がお話になったように「今のニーズにマッチした」利用方法の一つであったと思います。

後半は本陣岩波家からほど近い、老舗和菓子店「新鶴」の生菓子をいただきながらのグループワーク。

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前半のトークセッションのなかから感想や講師お二人への質問、本陣活用の提案を参加者同士でシェアした後、授業コーディネーターの宮本さんからいくつか紹介しました。

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岩波さんがドッキリする質問や、本陣離れをゲストハウスに、いや奥座敷でお昼寝ワークショップを、など会場からはユニークなアイデアが続出。
いくつもの課題を乗り越えて、どんな「化学反応」がここからうまれていくのか、楽しみです。

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※ 江戸時代初期から幕府により整備された江戸日本橋を起点とする陸上交通路。「東海道」「日光街道」「奥州街道」「中山道」「甲州街道」がある。

(すわ まちの教室スタッフ 降旗香代子)

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岩波尚宏(本陣岩波家28代目当主。株式会社 信州諏訪ガラスの里 代表取締役社長)
1972年下諏訪町生まれ。江戸時代に参勤交代の諸大名など身分の高い人を泊めるための旅籠として使われていた本陣岩波家を、先祖代々居住しながらその歴史的文化遺産を守り続けている。諏訪ガラスの里の代表として、地域ブランドづくりに奮闘中。「SUWAプレミアム」ショップを同館内に設置、魅力ある地域資源の発掘と発信を担う観光複合施設を目指している。

近藤泰二郎(日本酒「御湖鶴」醸造元 菱友醸造㈱会長。本陣岩波家 顧問/茶道裏千家諏訪稲穂会 名誉顧問)
東京都出身1945年生まれ。神津善行・中村メイコ夫妻の下、舞台監督・番組制作をめざすも広告代理店などの職歴を重ね30才で酒類業に転身、36才で日本酒「横笛」醸造元伊東酒造㈱社長に就任、菱友醸造㈱お再生のために2002年退職。御湖鶴は、FIFAワールドカップ公認日本酒として、またJAL国際線機内酒に採用、サッカーW杯ブラジル大会にてnakata.net caféでの採用など日本酒を通じて日本文化を世界へ発信中。